人外×人間における二人の違い「エロスとプシュケー」のすゝめ vol.2
初めに
最近ギリシャ神話を調べ始めた人間が書いています。
知識不足やら解釈違いやら間違った情報やら、粗しかない記事だと思います。ですが今後も私なりに、ギリシャ神話を楽しみながら調べていって、穴を見つけたら都度修正していくつもりです。
未熟者ではありますが、シャレにならない間違い以外は大目に見てくださるとありがたいです。シャレにならないものは、コメントとかでこっそり教えてください。
今日伝えたい推しポイント
- 妄想を掻き立てる二人の距離の縮まり方
-
完全な神と不完全な人間の違い 👈いまここ!
-
最後のセリフから考えるエロスの愛
人外×人間の代表作は?
多種多様なパターンが存在する「異類婚姻譚」の中で、メジャーなパートナーのタイプといえばなんだろう。人外と人間の恋や愛を描いたというので、パッと浮かんだのは千と千尋の神隠しだ。
他にも人外のタイプであるのは、妖精や精霊などの概念から姿をなしたもの、人間に化けた動物、最近ではモン娘などと多岐にわたる。だがやはりというか、人間の相手になる人外には何らかの神であったというオチが最もメジャーなのではと思う。
千尋とハクに見る疑問
人間の子供の千尋がある日異界へ迷い込み、かつて川の神だったハクに助けられ、成長し、現実世界へ戻っていく。
世界的にも認められたジブリの作品なので、だれしも一度は見たことがあるだろう。見たことない人はレンタルして見よう。
この二人もエロスとプシュケーのような「神と人間」の間柄であることは明らかだ。始まり方も、気のせいかもしれないが似ている気がする。
千尋とハクの最終的な関係を「婚姻」という括りで見るというのは、個人的には疑問を感じる。
カップリングで見たらハクと千尋の関係は良いと思うが、映画の描写だけを見るなら、ハク――神から人間への一方的な愛情ではないかと考えるのだ。
それを踏まえて考えてみると、神は人間のどこを愛するんだろうという疑問にたどり着く。基本的に不老不死で完璧超人な神様たちが、限りある命を使って争ったりする不完全な人間の、どこを好きになるんだろう。
前置きが長くなったが、今回書くのは「エロプシュ」の中でも
「神と人の違い」
に焦点を当てた記事だ。
正直に書くと今回のはこの次に書くものの前振りみたいなものなので、あまり中身はないかもしれない。
違いその一 不老不死と寿命
まず最初に来るのは、やっぱりこれだろう。人間と神では圧倒的に命の価値が違う。
一時的に死んだとしても、なんやかんやで復活したりするのが神である。
ペルセポネなんかはその筆頭だろう。彼女は一度冥界へさらわれ、解放される際ハデスにザクロを食べさせられ、結局冥界に居つくことになった。
だけどその後彼女が死んだといえばそうではなく、ハデスの妻として冥界の女王という立場に落ち着いている。
「基本ギリシャ神話の神は死なない」
それは恋心の神エロスも当てはまる。
対して人間はどうかといえば、皆さんご存じの通りだ。私たちはいつか必ず死ぬ。病気とか事故とか、何かしらの理由で、絶対に終わる命だ。神様のように不老でも不死でもないから、時間が経つにつれどんどん身体が動かなくなっていく。
加えて人間は(神様からしたら)愚かだろうとも思う。約束は破るし好奇心に身を任せてひどいことになるし、短い命を削りながらやることがそれ? って思う神様もいるんじゃないかと、私は妄想している。
そんな小さくて弱い人間に、何故神様は恋をして、欲情して、愛するんだろう。
違いその二 人間の心の弱さ
神様は基本的に約束を破らない。忠告や予言があればそれに従うし、相手が人間であれ神様であれ、一度した約束はきちんと守るというのが私の印象だ。浮気はするけど約束は守るって、誠実なのか不誠実なのかよくわからないところではあるけど。
誰かからの忠告をうっかり忘れちゃったりはするけれど、意図的でない場合が多いから「約束を破った」という判定には入らないと思う。
なんというか、神様はお互いに対する裏切りを人間以上に重く見ているような気もする。
対して人間はどうだろう。平気で裏切るし嘘はつくし、忠告を無視して開けちゃいけない箱をすぐ開ける。振り返ったらだめだよって教えてもらった場所で振り返っちゃうし、なんかもういろいろダメだと様々な物語を読んでて思う。
こんな未熟な人間のどこが好きなんだろう、と読む度に首をかしげてしまうのは、私だけだろうか?
二つの違いを踏まえた上で
こうやって並べてみると、神話に描かれる人間の不完全さが際立つと思う。完璧な神様同士でちゅっちゅしてればいいものを、ただ「見た目が美しい」という理由で簡単に人間を娶っていいのだろうか。
きっかけは確かに美しさだけど、結婚するというなら嫌でも相手のマイナスな面を見ないといけない。それは現代も、昔も、神話の中でも同じ。エロスは「自分との約束を破った」という、プシュケーの「マイナスな面」を見て、一度彼女の前から姿を消した。
だとしたら何故、彼は自分を裏切ったプシュケーを助け、ゼウスに助けを求めてまで彼女と一緒になったのだろう?
次の記事では私が一番語りたかった、エロプシュにおけるエロスとプシュケーの愛について語る。
上記した疑問に返す、私なりの答えだ。よければ最後まで付き合っていただけると幸いである。
最後に
vol.1からの差がすごい。最初にも書いた通り、今回の記事はこの次に書くつもりの
「最後のセリフから考えるエロスの愛」
に続けるための、いわば助走のような記事だ。
中身は薄いが、私としてはひとつの物事をここまで考えたことがなかったので、いくら中身がなかろうと面白いと思っている。
だからこれで良い。私が楽しいから良いのだと思う。エロプシュが終わったらハデスとペルセポネも書こうかと考えてるので、またいろいろ調べなければいけない。今から少し楽しみだ。